横浜地方裁判所 平成10年(ワ)1582号・平11年(ワ)912号・平10年(ワ)2965号 判決
平成一〇年(ワ)第一五八二号 損害賠償請求事件(甲事件)
平成一〇年(ワ)第二九六五号 同反訴請求事件(乙事件)
平成一一年(ワ)第九一二号 損害賠償請求事件(丙事件)
甲、丙事件原告兼乙事件被告 日本リアル株式会社
右代表者代表取締役 北村吉寛
右訴訟代理人弁護士 村田恒夫
同 服部政克
甲事件被告兼乙事件原告 A
同 B
同 亡C承継人 D
同 E
同 F
同 G
同 H
丙事件被告 I
同 J
同 K
同 L
右一一名訴訟代理人弁護士 佐伯剛
同 堀沢茂
主文
一 甲事件被告ら兼乙事件原告らは、連帯して、甲、丙事件原告兼乙事件被告に対し、一五五〇万円及びこれに対する甲事件被告兼乙事件原告D、同E、同F、同G及び同Hは平成一〇年五月二八日から、同Aは同月三〇日から、同Bは平成一〇年六月一五日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
二 丙事件被告Iは、甲事件被告ら兼乙事件原告らと連帯して、甲、丙事件原告兼乙事件被告に対し、前項の一五五〇万円の内金一二五万円及びこれに対する平成一一年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 丙事件被告Jは、甲事件被告ら兼乙事件原告らと連帯して、甲、丙事件原告兼乙事件被告に対し、第一項の一五五〇万円の内金四一万六〇〇〇円及びこれに対する平成一一年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 丙事件被告Kは、甲事件被告ら兼乙事件原告らと連帯して、甲、丙事件原告兼乙事件被告に対し、第一項の一五五〇万円の内金四一万六〇〇〇円及びこれに対する平成一一年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 丙事件被告Lは、甲事件被告ら兼乙事件原告らと連帯して、甲、丙事件原告兼乙事件被告に対し、第一項の一五五〇万円の内金四一万六〇〇〇円及びこれに対する平成一一年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 甲、丙事件原告兼乙事件被告の甲事件被告ら兼乙事件原告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
七 甲事件被告ら兼乙事件原告らの甲、丙事件原告兼乙事件被告に対する請求をいずれも棄却する。
八 訴訟費用は、甲事件、乙事件、丙事件を通じ、一〇分し、その二を甲、丙事件原告兼乙事件被告の負担とし、その一を丙事件被告らの負担とし、その余を甲事件被告ら兼乙事件原告らの負担とする。
九 この判決は、第一項ないし第五項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲、丙事件について
1 甲事件被告ら兼乙事件原告ら(以下「甲事件被告ら」という。)は、連帯して、甲、丙事件原告兼乙事件被告(以下「原告」という。)に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する甲事件被告兼乙事件原告D(以下「被告D」という。)、同E(以下「被告E」という。)、同F(以下「被告F」という。)、同G(以下「被告G」という。)及び同H(以下「被告H」という。)は平成一〇年五月二八日から、同A(以下「被告A」という。)は同月三〇日から、同B(以下「被告B」という。)は平成一〇年六月一五日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
2 丙事件被告I(以下「被告I」という。)は、甲事件被告らと連帯して、原告に対し、前項の金二〇〇〇万円の内金一二五万円及びこれに対する平成一一年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 丙事件被告J(以下「被告J」という。)は、甲事件被告らと連帯して、原告に対し、第一項の金二〇〇〇万円の内金四一万六〇〇〇円及びこれに対する平成一一年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 丙事件被告K(以下「被告K」という。)は、甲事件被告らと連帯して、原告に対し、第一項の金二〇〇〇万円の内金四一万六〇〇〇円及びこれに対する平成一一年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 丙事件被告L(以下「被告L」という。)は、甲事件被告らと連帯して、原告に対し、第一項の金二〇〇〇万円の内金四一万六〇〇〇円及びこれに対する平成一一年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は甲事件被告ら及び丙事件被告ら(以下「被告ら」という。)の負担とする。
7 仮執行宣言
二 乙事件について
1 原告は、甲事件被告らに対し、それぞれ金五〇万円及び内金三〇万円に対する平成一〇年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行宣言
第二事案の概要等
一 事案の概要
1 甲、丙事件について
甲、丙事件は、神奈川県逗子市沼間五丁目所在の逗子グリーンヒル(以下「逗子グリーンヒル」という。)内にある別紙物件目録一記載一及び四の各土地(以下「本件各土地」という。)を三分割した上、それぞれに新築住宅三棟を建築・販売する計画(以下「本件三分割案」という。)に基づき、本件各土地を購入し、本件各土地上に建売住宅三棟(以下「本件各建売住宅」という。)を建築・販売した原告が、本件三分割案に反対して「三戸分割反対」等の文字が記載された看板や垂れ幕(以下「本件看板類」という。)を設置した被告A、被告B、被告E、被告F、被告G、被告H、C、M(以下「被告Aら」という。)に対し(Cについては、相続人かつ訴訟承継人である被告Dに対し、Mについては、相続人である丙事件被告らに対し)、本件各建売住宅が完成して本件三分割案の変更があり得なくなった後も、本件看板類を撤去することなく、これらを掲げ続けたために、本件各建売住宅の販売価格が下落したとして、民法七〇九条及び七一九条に基づき、販売価格の下落による損害、慰謝料及び弁護士費用を請求している事案である。
2 乙事件について
乙事件は、甲事件被告らが、甲事件提起が明らかに事実的・法律的根拠を欠く全く勝訴の見込みのない不当な訴訟であること及び甲事件提起前に原告から看板の撤去を求める各種の嫌がらせ行為を受けたことを理由として、原告に対し、民法七〇九条に基づき、慰謝料と弁護士費用を請求している事案である。
二 前提となる事実(当事者間に争いのない事実以外の証拠によって認定した事実については当該認定事実の末尾に認定証拠を摘示する。)
1 当事者
(一) 原告は、不動産の売買、仲介、管理等を業とする株式会社である。
(二) 被告Aは、逗子グリーンヒル内に別紙物件目録二記載一の建物(以下「本件建物一」という。)を、被告Bは、同目録二記載二の建物(以下「本件建物二」という。)を、被告Eは、同目録二記載五の建物(以下「本件建物五」という。)を(持分一〇〇分の四一)、被告Fは、同目録二記載六の建物(以下「本件建物六」という。)を、被告Gは、同目録二記載七の建物(以下「本件建物七」という。)を、被告Hは、同目録二記載八の建物(以下「本件建物八」という。)を所有している(甲三の一、三の二、三の五ないし三の八)。
(三) 被告Dは、逗子グリーンヒル内に別紙物件目録二記載三の建物(以下「本件建物三」という。)を所有(持分一〇分の五)していたC(平成一一年一月一三日死亡)の四男である(甲三の三、弁論の全趣旨)。
(四) 被告Iは、逗子グリーンヒル内に別紙物件目録二記載四の建物(以下「本件建物四」という。)を所有していたM(平成一〇年一月一五日死亡)の妻であり、被告J、被告K及び被告Lは、その子である(甲三の四、弁論の全趣旨)。
2 本件各土地の分割と本件看板類の設置
(一) 原告は、平成八年一一月一五日、筧秀之から本件各土地及び本件各土地上の建物を六〇〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、平成九年三月一三日、筧秀之に対し右売買残代金として五七〇〇万円(手付け金として三〇〇万円は支払済み)を支払った(甲四の三及び四、三一の一及び二)。
(二) 被告Aらは、平成九年四月ころ、原告が本件各土地を三分割して分割土地上に新築住宅三棟を建築する工事を始めたことから、各人が所有する本件建物一ないし八の植木、フェンス、塀及び扉の外側に、白地の上に赤字等で、「三戸分割反対」「分割反対」の文字が記載された本件看板類を設置した(甲四の一ないし三、五の一ないし三、乙六、原告代表者本人尋問)。
(三) 原告は、平成九年六月一一日、別紙物件目録一記載一の土地から同目録一記載二及び三の各土地を分筆した上、同月末ころ、本件各土地上に本件各建売住宅を完成させ(分筆後の別紙物件目録一記載一の土地上の建物を「A棟」、同目録一記載二の土地上の建物を「B棟」、同目録一記載三及び四の土地上の建物を「C棟」という。)、同年一一月一四日、建築主事から検査済証を得た(甲四の一ないし三、五の一ないし三、原告代表者本人尋問、弁論の全趣旨)。
3 本件各建売住宅の販売と本件看板類の撤去
(一) 原告は、本件各土地及び本件各建売住宅を販売するため、平成九年五月二三日に本件各土地及び本件各建売住宅の情報を不動産業界に公開し、販売活動を開始した。その時の価格は、A棟が金四〇八〇万円、B棟が金三九八〇万円、C棟が金四五八〇万円であった(甲七の一、八の一)。
(二) 原告は、平成九年八月二一日、本件各建売住宅につき各々二〇〇万円の値下げをし、さらに、同年一〇月二日に、A棟及びB棟につき三〇〇万円の値下げを、本件看板類が撤去される前の同年末には、C棟につき四〇〇万円の値下げをそれぞれ行った(甲七の二及び四、八の二及び三、原告代表者本人尋問)。
(三) 原告は、平成九年一一月九日、石井康広及び宮沢敬子(以下「石井ら」という。)を買主として、A棟を三五八〇万円で売却し、同年一二月一五日、石井康広(持分三九分の三二)及び石井敬子(持分三九分の七)名義の所有権保存登記が為された(甲二一、二八)。
(四) 原告は、平成九年一二月一八日、横浜地方裁判所横須賀支部に、被告Aらに対し、本件看板類の撤去等を求める営業妨害禁止の仮処分を申し立てた(以下「本件仮処分申立て」という。甲二六)。
(五) 被告Aらは、平成九年一二月二二日ころまでに、本件看板類を全て撤去した(乙六、一四)。
(六) 原告は、平成一〇年二月三日、古川真を買主として、C棟を三九八〇万円で売却し、また、同年二月一六日、石渡昭男を買主として、B棟を三四八〇万円で売却し、それぞれ同年三月二〇日、同月一八日に所有権保存登記が為された(甲二二、二三、二九、三〇)。
三 争点
1 甲、丙事件
(一) 被告Aらが本件看板類を設置・維持したことは、違法な権利侵害行為といえるか(違法性の有無)。
(二) 被告Aらの本件看板類設置・維持行為によって、本件各建売住宅の販売価格が下落したといえるか(条件関係の有無)。
(三) いえるとして、原告が被った損害額はどれほどか。
2 乙事件
(一) 不法行為の成否
(1) 原告は、甲事件提起前に、甲事件被告らに対し(ただし、被告Dに関しては、Cに対し)、脅迫等を行ったか。
(2) 原告が甲事件被告らを相手に甲事件を提起したことは、甲事件被告らに対する違法な権利侵害行為といえるか。
(二) 甲事件被告らの被った損害額はどれほどか。
四 争点に対する当事者の主張
1 本件看板類設置・維持行為の不法行為性(争点1)
(原告の主張)
(一) 被告Aらは、平成九年五月一九日の時点で、本件各建売住宅が建築確認取得済みであるとともに、本件三分割案が神奈川県逗子市の条例に則っており、かつ逗子市側の了解も得ている法に触れないものであること及び逗子グリーンヒルには建築協定・住民協定がなく、被告Aらが本件三分割案を規制する法的根拠がないことを十分認識しており、しかも、本件各建売住宅が完成した後は、本件各建売住宅を取り壊して二棟(三分割を二分割)にすることが経済的・現実的に不可能になっていたにもかかわらず、本件各建売住宅が完成した平成九年七月一日以降も、本件建物一ないし八の植木、フェンス、塀及び扉の外側で、実質的には敷地外の道路上に、通行人の目を奪うような大きさの白地の上に赤あるいは青字で書かれた本件看板類を設置・維持したのであるから、被告Aらによる本件各建売住宅完成後の本件看板類設置・維持行為は、原告による本件各建売住宅販売を妨害する意図のみで行われたといわざるを得ず、不法行為に該当する。
(二) この点、被告らは、本件看板類設置・維持行為は、社会的相当性の範囲内であると主張するが、原告は、適式な手続きを経て、本件各建売住宅を建築したのであるから、被告らの主張する住環境の維持が法的に保護される権利であるといえないばかりか、そもそも本件各土地の三分割により被告らの住環境が破壊されるともいえず、また、被告Aらが行った本件看板類設置・維持行為の方法や程度が適切でないことに鑑みると、被告Aらの本件看板類設置・維持行為が、反対運動としての社会的相当性の範囲を超えて、違法であることは明らかである。
(被告らの主張)
(一) 承諾による違法性阻却
原告代表者は、平成九年三月一三日の会合において、三分割を二分割にすることを検討する旨確約したにもかかわらず、その後、逗子グリーンヒル自治会(以下「本件自治会」という。)の役員に対し、不誠実な態度をとり続け、本件自治会役員及び住民が看板等の掲示を継続する旨述べても、どうぞお好きなようになどと返答していたことからすると、原告は、被告Aらが看板等を掲げることを容認していたといえるから、原告代表者の承諾によって、被告Aらの本件看板類設置・維持行為の違法性は阻却されることは明らかである。
(二) 社会的相当行為による違法性阻却
被告Aらは、日照、風通し、ゆとりのある空間、閑静な高級住宅街というイメージの保全等を目的として本件看板類を設置・維持したのであり、しかも、本件自治会の構成員として環境保全を目的とした運動に参加したにすぎないから、被告Aらの本件看板類設置・維持行為の目的は正当である。
そして、被告Aらは、看板ないし横断幕に三分割反対と記載したのみで、原告を誹謗中傷するものではなく、しかも、三分割によって実際に被害を受ける関係者及び自治会館の敷地内に設置したにすぎないから、その表現内容及び態様も正当である。
このように、被告Aらは、社会的に相当な範囲内で表現行為を行ったにすぎないから、被告Aらの本件看板類設置・維持行為は、社会的相当行為として違法性が阻却されるものといえる。
2 本件看板類設置・維持行為と販売価格の下落との間に条件関係があるか。
(原告の主張)
被告Aらによって本件看板類が設置されている期間に、本件各建売住宅の購入希望者を現地に案内しても、本件看板類などを見て、購入を断念する者が相次ぎ、その後、被告Aらが、本件看板類を撤去するのと並行して、本件各建売住宅の売買が進み、販売が完了したのであるから、被告Aらの本件看板類設置・維持行為によって、本件各建売住宅の販売価格が下落したことは明らかである。
この点、被告らは、本件看板類を撤去する前でもA棟が売却できたことをもって、条件関係がないと主張するが、A棟を購入した顧客は、入居者が出た場合に本件看板類が撤去されることを知っていたという特殊な事情があったといえるから、被告らの批判は当たらない。
(被告らの主張)
原告は、被告Aらの本件看板類設置・維持行為によって、販売価格が下落したと主張するが、本件看板類を撤去する前にA棟を売却できているのであるから、被告Aらの本件看板類設置・維持行為によって本件各建売住宅の販売価格が下落したとはいえない。
この点、原告は、本件看板類を見て、本件各建売住宅の購入を断念する顧客が相次いだと主張するが、これを基礎付ける証拠はいずれも信用できない。仮に、購入を断念した者が存在したとしても、それらの者が本件各建売住宅の購入を断念したのは、入居者が出た時に本件看板類が撤去されるということを原告が合理的に説明しなかったためであると考えられるから、被告Aらの本件看板類設置・維持行為と販売価格の下落との間に因果関係はない。
3 本件看板類設置・維持行為と相当因果関係のある原告の損害額。
(原告の主張)
(一) 売却価格の下落による損害 金一六〇〇万円
原告は、当初、A棟は金四〇八〇万円、B棟は金三九八〇万円、C棟は金四五八〇万円で販売を開始したが、被告Aらが本件看板類を設置・維持し、原告の販売行為を妨害したため、最終的にはA棟は金三五八〇万円、B棟は金三四八〇万円、C棟は金三九八〇万円まで販売価格を下げざるをえず、当初の販売価格と最終的な販売価格との差額(A棟は金五〇〇万円、B棟は金五〇〇万円、C棟は金六〇〇万円)である合計金一六〇〇万円の損害を被った。
(二) 慰謝料 金二〇〇万円
被告Aらの本件看板類設置・維持行為により、六か月以上の長期に亘り販売活動が妨害されたため、原告は、広告を数回に亘り出したり、仲介業者に対する営業活動を継続するなどし、また、売却までの金利の負担を余儀なくされるなどの損害を被っており、その慰謝料としては金二〇〇万円を下らない。
(三) 弁護士費用 金二〇〇万円
原告は、本件損害賠償請求を弁護士に依頼するにあたり、弁護士費用として報酬標準額である金二九七万円を支払うことを約したので、その内金二〇〇万円を請求する。
(四) 損害額 合計金二〇〇〇万円
よって、原告は、甲事件被告らに対し、連帯して、金二〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに、Mの相続人である丙事件被告らに対し、甲事件被告らと連帯して、被告Iについては一二五万円、その余の丙事件被告らについてはそれぞれ四一万六〇〇〇円及びこれらに対する各遅延損害金の支払を求める。
(被告らの主張)
被告Aらの本件看板類設置・維持行為によって原告の販売活動が阻害されたという事実が明らかになっていない以上、本件各建売住宅の販売価格の下落が損害になることはない。また、原告は法人であり自然人ではないから、精神的苦痛を被ることはあり得ない。
4 原告は、甲事件被告らに対して、不法行為を行ったといえるか。
(甲事件被告らの主張)
(一) 甲事件提起の違法性
被告Aらは、逗子グリーンヒルの住民であって、その住環境の維持改善に重大な利害関係を有しているところ、かかる地域住民が社会的相当性の範囲内において住環境破壊反対運動を展開することは適法な行為であり、原告の権利を何ら侵害していないことは明白であるにもかかわらず、原告は、被告Aらの本件看板類設置行為が不法行為に該当するとして、損害賠償請求訴訟を提起している。このように、原告が、事実的・法律的根拠を欠く全く勝訴の見込みのない不当な訴訟行為を提起したのは、原告が見込み違いによる損失を何とか補填しようとしたためであるというほかないから、原告による甲事件提起は不法行為に該当する。
(二) 甲事件訴訟提起以前の不法行為
原告は、甲事件提起に先立ち、その従業員又は関係者を通じ、甲事件被告らに対し、電話などで、「反対看板を中止しろ。告訴するぞ。」などと恫喝を行ったほか、一部の垂れ幕や看板を取り外したのであり、このような種々の嫌がらせ行為は不法行為に該当する。
(原告の主張)
(一) 原告の甲事件提起は正当な権利行使であり、何ら不法行為に該当しない。
(二) また、甲事件提起前において、原告は、甲事件被告らに対し、一切、嫌がらせや恫喝行為を行っていない。原告と甲事件被告らとの間で、多少の交渉があったとしても、それにより生活上支障をきたすような事はしていない。
5 甲事件被告らの被った損害額
(甲事件被告らの主張)
(一) 慰謝料 各自金三〇万円
甲事件被告らは、原告の甲事件提起前の各種嫌がらせ及び甲事件の追行により、それぞれ生活上の支障をきたし、その心労から十分な睡眠もとれずに多大な精神的苦痛を受けた。これに対する慰謝料は、各自金三〇万円が相当である。
(二) 弁護士費用 各自金二〇万円
弁護士費用は各自金二〇万円が相当である。
(三) 損害額 各自金五〇万円
よって、甲事件被告らは、原告に対し、それぞれ金五〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。
第三当裁判所の判断
一 前記前提事実及び証拠(当該認定事実の末尾に認定証拠を摘示する。)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
1 本件各土地及び逗子グリーンヒルの状況
(一) 逗子グリーンヒルは、西武不動産株式会社が閑静な高級住宅街として開発・販売したものであり、昭和四九年当時における平均敷地面積は六八坪、平均建物面積は三五坪と、比較的ゆとりのある居住空間を売りにしていた(乙九)。
(二) 本件各土地は、逗子グリーンヒル内のCブロック内の角地にある約七五坪の土地であり、昭和五一年九月一〇日、筧秀之が西武鉄道株式会社より取得したものである。被告Aらの土地・建物は、いずれもCブロック内にあり、被告Fのそれを除いて、本件各土地の隣地又はごく近辺に存在していた(甲二、四の三及び四、乙九)。
2 本件看板類の設置
(一) 逗子グリーンヒルの住民は、平成七年末ころ、逗子グリーンヒル内の土地二区画を購入した株式会社パル企画が、これらを五分割して建売住宅を販売する計画を立てた際、右分割案の変更を求めて、「五戸分割反対」等の立て看板や横断幕を設置するなどの反対運動を行い、その結果、右分割案を変更させることに成功した(乙二七)。
(二) ところが、平成九年三月初めころ、本件各土地を三分割するという細分割計画のあることが再び明らかになったため、これを知った近隣住民は、右三分割案に反対することを合意し、本件各土地の買主である原告、仲介人である野村不動産株式会社を交えて話し合いを持つことになった(乙六、二六)。
(三) 原告代表者北村吉寛(以下「北村」という。)は、平成九年三月一三日の本件各土地及び本件各土地上の建物の売買契約締結後に、その仲介をした野村不動産株式会社の担当者から、近隣の住民が本件各土地の分割に反対しているため、説明に行って欲しい旨告げられたことから、同日午後、野村不動産株式会社の担当者らとともに逗子グリーンヒルの住民九名と話し合いを行った。この時、北村は、住民らに対し、本件各建売住宅について建築確認を経ており、また、逗子グリーンヒルには分割を禁止する建築協定がないため、本件三分割案が適法であることを説明した上で、本件三分割案を二分割案に変更することも検討してみる旨伝えた(甲三三、乙六、原告代表者本人尋問)。
(四) しかし、その後、原告から何の連絡もなかったため、被告Aらは、平成九年三月末ころ、本件三分割案の強行に対する抗議として、本件自治会名で看板や垂れ幕を設置することの承認を本件自治会理事会から得た上、本件看板類を作成して、各人が所有する本件建物一ないし八の植木、フェンス、塀及び扉の外側に設置した。本件看板類は、専ら、数十センチメートルから数メートル幅の布又は板に、赤太字等で「三戸分割反対」などと書かれ、本件各土地又は本件各土地に至る道路に向けて設置されており、本件各建売住宅を見に来る顧客が通る蓋然性の高い場所を中心に設置されていた(甲六、乙六、一八、若杉証言、海老名証言)。
(五) 逗子グリーンヒルの住民六名は、平成九年四月八日、原告らと話し合いを行い、本件三分割案を二分割案に変更すれば我慢する旨伝え、三分割計画の変更を求めたが、北村は、あくまでも本件各土地を三分割して建売住宅を建築・販売することを譲らなかった。また、北村は、この時、右住民らから、対抗措置として「三分割反対」の看板を立てることになるといわれ、「どうぞご勝手に。」と返答した(乙五、六、一八、二四、原告代表者本人尋問)。
3 本件看板類の撤去に至る経緯
(一) 原告は、事前に建築確認を得た上、平成九年六月末ころ本件各建売住宅を完成させ、同年一一月一四日、検査済証を得た(甲五の一ないし三、原告代表者本人尋問)。
(二) 被告Aらは、本件各建売住宅が完成した後も、本件看板類を掲げ、撤去しようとしなかったため、被告Fの家人が、平成九年六月末ころ、自宅にやってきた者から「看板をはずせ。はずさないと告訴する。」と告げられたり、被告Gの妻が、平成九年一〇月初めころ、C棟を買った者と名乗る者から、電話で「看板を降ろさないと告訴するぞ。二〇〇〇万円を払わされた例もあるぞ」などと本件看板類の撤去を迫られたりしたことがあった。そして、同年九月初旬及び一〇月一七日から同月一八日にかけて、何者かによって、看板類が持ち去られたり、壊されたりしたことから、被告Aらは、同月一八日以降、再度、同様の看板類を掲示した(乙六、二一、二四、二六、若杉証言)。
(三) 被告Aら(但し、被告Aを除く。)及び本件自治会長は、原告代理人から、被告Aらの本件看板類設置・維持行為が原告の営業妨害行為に当たるため本件看板類を撤収するよう求める旨及び原告に生じた損害を賠償してもらうことになる旨の平成九年一〇月二五日付け内容証明郵便を受領したため、同月二七日、弁護士を依頼し、同年一一月六日付け反論の回答書を送付した(甲二四、乙五、三九)。
(四) 被告Aらは、平成九年一二月初旬にA棟を購入した石井らが引っ越してきたことから、同月二二日までに本件看板類の全てを撤去した。なお、原告は、それに先立ち、本件仮処分申立てを行っていたが、被告Aらにその審尋期日の呼出状が届いたのは、同月二六日であった(乙六、一六、一八、三四の一及び二、若杉証言)。
4 本件各建売住宅の販売状況
(一) 原告は、本件各建売住宅が完成する前の平成九年五月二三日、本件各土地及び本件各建売住宅の仲介を務める不動産業界に広告を公開し、販売活動を開始した。なお、この時原告が設定していた本件各建売住宅の価格(A棟四〇八〇万円、B棟三九八〇万円、C棟四五八〇万円)は、当時の相場から考えて、決して高いものではなかった。なお、原告は、本件各建売住宅を販売するに当たり、本件各土地取得費用、仲介手数料、本件各建売住宅の建築費用、登記費用等を合わせて、約一億〇五〇〇万円と見積もっていた(甲七の一、八の一、三一の一ないし一七、三三、小島証言、原告代表者本人尋問)。
(二) 不動産仲介を業とする大和住販株式会社に勤務していた営業担当の証人小島一幸(以下「証人小島」という。)は、平成九年六月ころ及び同年夏ころ、広告により本件各建売住宅に興味を示した顧客を現場に案内したことがあったが、いずれの顧客も近隣に設置されている本件看板類を見て、本件各建売住宅の購入を断念した。また、原告は、仲介業者から、本件各建売住宅を気に入る顧客もいるが、本件看板類があるため契約に至らないことなどを聞かされており、さらに、仲介業者の中には、本件看板類があることを理由に本件各建売住宅の仲介を断ってくる者もあった(甲九ないし一一、二三、三三、小島証言、原告代表者本人尋問)。
(三) 原告は、平成九年八月二一日、本件各建売住宅につき各々二〇〇万円の値下げをし、さらに、同年一〇月二日に、A棟及びB棟につき三〇〇万円の値下げを、本件看板類が撤去される前の同年末には、C棟につき四〇〇万円の値下げをそれぞれ行ったが、右各値下げ後の価格は、当時の相場から考えて、かなり安い価格であった(甲七の二及び四、八の二及び三、小島証言、原告代表者本人尋問)。
(四) 石井らは、本件看板類が撤去される前の平成九年一一月九日に原告からA棟を購入したが、購入を決意するに際して、興和地所株式会社の小田嶋充(以下「小田嶋」という。)から、本件各建売住宅の入居者が決まれば、本件自治会が本件看板類を撤去することになっているから心配しないように告げられていた(乙二二、宮沢証言)。
(五) C棟は、本件看板類が撤去された後の平成一〇年二月三日に三九八〇万円で売却され、B棟も同年二月一六日に三四八〇万円で売却された(甲二二、二三)。
5 本件自治会の対応
(一) 本件自治会理事会は、平成九年四月二〇日、本件三分割案に対する被告Aらの反対運動を全面的に支援し、指導していくことを決議し、その後も、当時の本件自治会の会長であった証人石橋和之及び副会長であった証人海老名利江子(以下「証人海老名」という。)らが中心となって、本件自治会が右反対運動を支援する建前を取っていた。しかし、本件自治会の後任会長である川島武は、理事等の役員が改選された後の平成一〇年四月一九日付け理事宛書簡で、被告Aらによる右反対運動への協力要請に対して、効果的支援を継続することを約束しながらも、全会員の合意なしに限度のない責任を負うことはできないこと、本件自治会会則においても、役員にそのような権原を与えていないこと、本件看板類設置にかかる問題の当事者は当該住民であり、本件自治会はその人たちを支援する立場であるとの意見を表明し、本件自治会理事会も、この方針に同意した。なお、被告Aらは、本件看板類設置に関して、本件自治会から、何らかの強制を受けるようなことはなかった(乙六ないし八、一八、若杉証言、石橋証言、海老名証言、弁論の全趣旨)。
(二) また、本件自治会は、逗子グリーンヒルに建築協定が存在しなかったことから、本件三分割案反対運動を機に建築協定を推進することにし、平成九年六月一日の住民総会において、建築協定の策定を目指すことが決議され、平成一〇年三月ころ、神奈川県知事により認可されて、建築協定を成立させた(乙二ないし四、六、一五ないし一八)。
二 本件看板類の設置・維持行為の違法性(争点1(一))
1 承諾による違法性阻却
被告らは、北村が本件看板類設置を承諾・容認していたとして、本件看板類設置・維持行為の違法性が阻却されると主張するところ、被侵害者の事前の承諾があることを理由に当該侵害行為の違法性が阻却されるためには、その承諾が真摯に為され、被侵害者が当該権利を放棄したと認められることが必要であると解される。本件において、北村が、逗子グリーンヒルの住民らから対抗措置として本件看板類を掲げることになるといわれたのに対し、「どうぞご勝手に。」と発言していることは前認定のとおりであるが、通常、住宅販売により利益を得ることを目的としている業者が、明らかに販売に支障を来すこととなる行為を真意で容認することは考えにくい上、特に原告がこれを容認していたことを裏付けるに足りる特別な事情もなく、右やりとりが、本件三分割案の変更を求める住民らとあくまでも本件三分割案にこだわる北村との間で為されたものであることに鑑みると、右発言は、北村が右住民らと妥協する余地がないものと考え、いわゆる売り言葉に対する買い言葉として為されたものであると推認されるから、右発言をもって、原告が本件看板類の設置に真意で承諾し、本件看板類による本件各建売住宅の販売活動の困難性を容認したものということはできず、他に被告らの主張の事実を認めるに足りる事情も何ら存在しない。
2 相当行為による違法性阻却
次に、被告らは、本件看板類設置・維持行為は社会的相当行為であるから、違法性がないと主張しているため、この点について判断する。
(一) 被告Aらが、原告が本件三分割案を強行したことについて、不快な感情を抱き、原告の行為を不当なものと判断し、これを糾弾するために、原告の措置に対する反対意見を表明することは、表現の自由に属するものであり、これが直ちに、原告に対する不法行為を構成することは有り得ない。しかしながら、不動産の売買等を業とする原告にとっても、適法な手続きを経て本件各土地上の本件各建売住宅を建設し、これらを適正な価格で販売し、これにより利益を追求する権利があるのであるから、被告Aらの右反対意見の表明も、その方法や時期によっては、社会的相当性の範囲を逸脱し、原告の右権利を侵害し、不法行為を構成する場合が有り得るといわなければならない。
(二) そこで、まず、その方法について検討すると、被告Aらは、その反対意見の表明方法として、本件各建売住宅の建築禁止の仮処分や二分割への変更を求める調停等の法的手段に訴えたり、あるいは、法的手段を採らず、直接行動に出る場合であっても、本件各土地に至る通路を閉鎖したり、本件各建売住宅の建築を実力で阻止するなどの反対意見の表明方法が選択できたにもかかわらず、そのような方法を採らず、前認定のとおり、自宅の植木、フェンス、塀及び扉の外側に本件看板類を設置したにとどまるのであるから、反対意見の表明方法としては、穏健妥当なものであり、これが直ちに社会的相当性を欠く表現行為であると評価することはできない。
なお、法的な手段に訴えてその反対意見を表明するような場合には、裁判所という中立的な機関の前で相手方と十分にその意見を戦わせることができる上、その意見の表明が直ちに原告の権利の侵害に繋がることもないといえるから、格別の問題を生ずるおそれはないが、当事者が法的手段を採ることなく、直ちに直接行動に出るときは、その行動により、相手方の権利侵害を生ずるおそれがあるから、反対意見を表明する者は、反対行動を採り続ける限り、常に、その主張の適法性、反対当事者の権利侵害の有無、反対行為の社会的相当性等諸般の事情を考慮する必要があるといわなければならない。特に、本件においては、平成九年三月一三日の会合において、北村から本件三分割案が適法であり、これを規制する法的根拠がないことの説明を受けているのであるから、被告Aらに対しては、なお一層慎重な行動が望まれるところであった。
(三) 次に、その時期について検討すると、本件各建売住宅が完成されるまでの間は、原告が本件三分割案を撤回する可能性が絶無とはいえないから、被告Aらが原告の本件三分割案の強行に対する反対意見を表明し、かつ、原告に対し、その翻意を求める趣旨で、本件看板類を設置・維持したことは、たとえ、顧客が本件看板類を見る可能性があったとしても、原告に本件三分割案を撤回する可能性がある以上、社会的相当行為と評価することができる。しかしながら、本件各建売住宅が完成した後は、本件三分割案の変更が事実上不可能になったのであるから、これ以降、被告Aらが本件看板類を設置・維持することは、原告の翻意を求めるという意味での効果はなく、原告に対する反感や不満の表明と本件各建売住宅を見に来る顧客に対するアピールという意味を持つにすぎないといわざるを得ない。そして、原告に対する反感や不満の表明はともかく、顧客に対するアピールは、前認定のとおり、本件看板類が、長さ数メートルにも及ぶ白地の板又は布に、赤太字等で「三分割反対」と記載されており、非常に日立つものである上、本件各建売住宅又はそれに続く道路から見える多数の場所に本件各建売住宅完成後約六か月もの間設置されていたのであるから、本件各建売住宅を訪れた顧客をして、多分に、周辺住民とのトラブルを予測させ、本件各建売住宅の購入意欲を低下又は喪失させたこととなる。したがって、本件各建売住宅完成後も被告Aらが本件看板類を設置・維持した行為は、原告が本件各建売住宅を適法に販売する権利があることを考慮すると、たとえ、被告Aらの自宅の植木、フェンス、塀及び扉の外側のいわゆる敷地付近に設置されていることや原告を直接誹謗中傷する内容を含んでいないことを考慮しても、もはや、社会的相当行為を逸脱しているものといわなければならない。
3 以上のとおり、原告の承諾があること又は正当行為であることを理由に、本件看板類設置・維持行為の違法性が阻却されるという原告の主張はいずれも採用できないから、被告Aらによる本件看板類設置・維持行為は、原告の営業する権利を不当に侵害する違法な権利侵害行為にあたるということになる。
三 本件看板類設置・維持行為によって、本件各建売住宅の販売価格が下落したといえるかについて(争点1(二))
(一) 前認定のように、本件看板類が本件各建売住宅を見に来た顧客からよく見える場所に多数かつ目立つように約九か月もの間設置されていたことからすれば、購入意欲のある顧客が、本件看板類を見た結果、近隣住民との入居後のトラブルを憂えて、購入を断念することは十分に考えられ、しかも、本件各建売住宅の当初の販売価格が決して高いものではなかったことからすれば、その価格又はそれから数百万円値下げした価格でも売却できないなどということは、通常、考えにくいところ、証人小島が、本件各建売住宅の購入希望者を現地に案内しても、本件看板類があったがために、契約まで至らなかったにもかかわらず、被告Aらが、本件看板類を撤去すると間もなく、B棟、C棟の売却が進み、販売が完了したのであるから、被告Aらの本件看板類設置・維持行為によって、本件各建売住宅の販売価格が下落したことは明らかである。
(二) この点、被告らは、本件看板類を撤去する前でもA棟は売却できているから、本件看板類設置・維持行為によって販売価格が下落したとはいえないと主張するが、A棟を購入した石井らは、小田嶋から、本件看板類が入居者の出た時点で撤去されることを聞かされていたために、その購入を決意したという特別な事情があるのであるから、本件看板類撤去前にA棟が売却できたことをもって、本件看板類設置・維持行為と本件各建売住宅の販売価格の下落とが無関係であるとはいえない。
また、被告らは、本件看板類を見て、本件各建売住宅の購入を断念する顧客が相次いだことを基礎付ける証拠はいずれも信用できないと主張するところ、確かに、上澤レイ子の不動産購入申込書(甲一三)は、右申込書記載日が、A棟につき当初の販売価格から五〇〇万円値下げされたことが公開される前であるにもかかわらず、当初の販売価格から五〇〇万円値下げした売買金額が記載されているので、信用できず、また、我澤敏正の不動産購入申込書(甲一四)及び報告書(甲一六)は、同人が、証人尋問期日を定めたにもかかわらず、出頭せず、被告らの反対尋問に全くさらされていないという点で、必ずしも信用性は高くないといえる。しかし、証人小島は、本件各建売住宅の購入を断念した顧客がいたことについて、特に矛盾することなく、一貫した証言をしており、また、本件看板類があるために契約に至らなかったことを業者から聞いたとする原告代表者本人尋問の結果も同様であって、他に証人小島及び北村がことさらに虚偽の事実を証言等していることを裏付けるに足りる証拠はないから、単に、証人小島が断念した顧客の氏名・住所を証言できないこと及び北村が右業者の特定ができないことをもって、同人らの右証言等が信用できないということはできない。
さらに、被告は、本件各建売住宅を見に来た者が購入を断念したのは、入居者が出た時に本件看板類が撤去されることを原告が説明しなかったためであるから、被告Aらの本件看板類設置・維持行為と販売価格の下落との間に因果関係はないと主張するが、被告Aらが入居者の出た時点で本件看板類を撤去するつもりであることを、原告が知っていたことを裏付けるに足りる証拠もなく、また、そもそも、原告にこれを説明すべき義務があるとも考えられないから、被告らの右主張は採用できない。
四 原告の被った損害額について(争点1(三))
(一) 販売価格の下落による損害
前認定によれば、当初、A棟は金四〇八〇万円、B棟は金三九八〇万円、C棟は金四五八〇万円で販売を開始されたが、被告Aらが本件看板類を設置・維持したことによって、当初の販売価格では売却できず、最終的にはA棟は金三五八〇万円、B棟は金三四八〇万円、C棟は金三九八〇万円で売却されることとなったのであって、当初の販売価格が決して高いものではなかったことを考慮すると、原告は、当初の販売価格と最終的な販売価格との差額である一六〇〇万円の損害を被ったとも考えられるが、B棟及びC棟については、本件看板類が撤去された後に売却されたものであるところ、この時点において、右販売価格でなければ売却できなかったことを基礎付ける事情は窺えないから、B棟及びC棟については、当初の販売価格と最終的な販売価格との差額全額が損害になるということはできない。したがって、B棟及びC棟については格別の損害の立証が必要になるが、本件は、本件看板類設置・維持行為によって、本件各建売住宅の販売価格を下げざるを得なかったのであって、本件看板類が撤去されたからといって、当初の販売価格で売却することはできなかったであろうから、明らかに原告に損害が発生していることが認められるにもかかわらず、事案の性質上、具体的な損害額を明確に算定することができないことになるので、民事訴訟法二四八条を適用して、裁判所が、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を算定すべきものと解する。そして、本件看板類が掲げられている間は、B棟につき当初の販売価格から五〇〇万円を、C棟につき六〇〇万円を値引きしても売却できなかったこと、B棟及びC棟が売却された平成一〇年初めころにおいても、未だ不動産取引は低迷していたこと、右各値下げ後の価格は、当時の相場から考えて、かなり安かったこと、原告は、本件各土地を購入するに当たって、六〇〇〇万円を借り入れていたところ(甲四の一ないし四、原告代表者本人尋問)、金利の関係からも、できるだけ早期に本件各建売住宅を売却する必要があったことが窺えることなど諸般の事情を総合すると、その損害は、B棟につき四〇〇万円、C棟につき五〇〇万円とするのが相当である。
(二) 慰謝料
前認定によれば、原告は、被告Aらの本件看板類設置・維持行為により、九か月間の長期にわたり販売活動が妨害されたため、広告を繰り返し出したり、仲介業者に対する営業活動を継続することを強いられ、また、売却までの金利の負担を余儀なくされたことが窺えるから、このような無形の損害に対しては、金一〇万円の金銭賠償をもって相当と解する。この点、被告らは、法人が精神的苦痛を被ることがあり得ないことを理由として、法人の慰謝料請求権が否定されると主張するが、法人に金銭評価が可能な無形の損害が生じており、その無形の損害を回復させるため、加害者に金銭の賠償を命じるのが相当である場合には、法人に精神上の苦痛を観念できないことだけを理由として、その賠償が否定されるものではない (最判昭和三九年一月二八日民集一八巻一号一三六頁参照)。
(三) 弁護士費用
本件と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、認容額の約一割相当額である一四〇万円と認めるのが相当である。
(四) まとめ
以上のとおり、被告Aらは、原告に対して、連帯して、一五五〇万円を支払うべき義務を負うところ、Mは甲事件提起前に死亡しているから、その相続人である丙事件被告らが、それぞれその相続分に応じて右一五五〇万円を案分し、甲事件被告らと連帯して、賠償すべき義務を負うこととなる。
五 原告の甲事件被告らに対する不法行為の成否(争点2)
(一) 甲事件提起の違法性
甲事件提起が、事実的・法律的根拠を欠く全く勝訴の見込みのない不当な訴訟行為の提起といえないことは前認定のとおりであるから、甲事件提起が不法行為に該当するという甲事件被告らの主張は採用できない。
(二) 甲事件訴訟提起以前の不法行為
前認定のとおり、甲事件被告らの中には、電話等により本件看板類の撤去を求められた者や告訴や損害賠償請求の可能性を告げられた者がおり、また、掲示していた本件看板類が勝手に破棄等されているところ、右行為を行った者が原告役員やその従業員又はその関係者であることを認めるに十分な証拠がないから、甲事件被告らの右主張も採用できない。
六 結論
以上のとおりであるから、甲事件については、甲事件被告らは、連帯して、原告に対し、全一五五〇万円及びこれに対する不法行為の後であり、甲事件被告らに対する各訴状送達の日の翌日である主文掲記の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、この限度において、原告の請求を認容することにし、その余の請求はいずれも理由がないから棄却し、丙事件については、丙事件被告らは、甲事件被告らと連帯して、原告に対し、右一五五〇万円を相続分に応じて按分した金額及びこれに対する不法行為時から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるところ、原告は、被告Iについては一二五万円及びこれに対する不法行為の後であり、訴状送達の日の翌日である平成一一年三月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、その余の丙事件被告らについてはそれぞれ四一万六〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後であり、被告Iを除く丙事件被告らに対する各訴状送達の日の翌日である主文掲記の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているにすぎないから、民事訴訟法二四六条に基づき、原告の請求の限度でこれを認容することにし、乙事件については、いずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき同法六七条一項本文、六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 末永進 裁判官 高橋隆一 裁判官 平城文啓)
別紙 物件目録一、二<省略>